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東京高等裁判所 平成元年(ネ)1053号 判決 1990年7月19日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 後藤昌次郎

同 小野幸治

被控訴人 立川バス株式会社

右代表者代表取締役 入野正彦

右訴訟代理人弁護士 横山唯志

同 佐藤英二

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人の昭和六一年八月七日付け譴責処分の無効確認請求の訴えを却下する。

2  被控訴人は控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

二  この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人が控訴人に対し昭和六一年八月七日付けでした譴責処分は無効であることを確認する。三 被控訴人は控訴人に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。五 この判決は、第三、四項につき仮に執行することができる。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、以下のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表八行目から九行目にかけて「勤務している。」とあるのを「勤務し、平成二年一月二八日をもって定年退職した者である。」と改める。

2  同四枚目裏三行目の「(一)」を削る。

3  同五枚目表四行目の「懲戒権濫用の主張(二)」を「懲戒規定の解釈適用の誤り」と改める。

4  同五枚目表四行目の次に行を改めて、以下のとおり付加する。

「(1) 懲戒処分は、本来、使用者が労働者に対して加える私的制裁としての刑罰であって、刑罰と本質を同じくし、労使対等という近代法の原理に反し、これを公認することは許されない。

仮に、使用者の懲戒権一般を公認する立場に立つとしても、民事責任や刑事責任の根拠となる法律は国民の同意によって初めて成立するものであるのに対し、懲戒責任の根拠となる就業規則は、労働者の同意なく使用者が一方的に定めるものであること、しかも、民事責任や刑事責任は、中立の司法機関である裁判所による裁判が確定して初めて執行が認められるのであるが、懲戒責任は、使用者が直接に執行するものであること、また、刑事責任、民事責任を判断する裁判所は国家秩序の維持を直接任務とする検察、行刑権力とは別個独立の機関であるが、使用者は企業秩序を維持する権力主体そのものであること、以上のような特質を有することから考えると、使用者の懲戒権行使の具体的あり方については、厳格な制約が加えられるべきである。」

5  同五枚目表五行目の冒頭に「(2)」を加える。

6  同六枚目表七行目の「存在しない」以下裏二行目までを以下のとおり改める。

「存在せず、これを理由として懲戒処分に付することは許されない。

(3) 懲戒処分は、私的制裁であるだけに、人権に対するより危険な害悪を含むものである。それ故、懲戒権は無期限に存続するものではなく、その行使は、刑罰の場合に比してより厳しい制約の下に置かなければならない。懲戒権の存続期間は公訴時効の期間以上ではありえず、より短いものでなければならない。ところが、本件の経歴詐称をしいて類似の犯罪と対比するとすれば、公正証書原本等不実記載罪(刑法一五七条)であろうが、その公訴時効は、同条一項の罪で五年、二項で三年である。また、国家公務員法四〇条の『何人も、試験、選考、任用又は人事記録に関して、虚偽又は不正の陳述、記載、証明、採点、判断又は報告を行ってはならない。』という規定に違反した場合の刑罰についても、三年の公訴時効にかかる。ところが、本件の経歴詐称は、一二年以上前の出来事であり、しかも犯罪にかかわらない軽微な非行にすぎないから、控訴人に制裁たる懲戒処分を科することは、法の精神に反し、違法無効といわなければならない。」

7  同六枚目裏三行目の冒頭に「(4)」を付加する。

8  同七枚目表三行目の次に行を改めて、以下のとおり付加する。

「労働者の採否は原則として企業の自由に属するものであるとしても、採用に際し、経歴・資格のすべてにわたって労働者に申告義務が生ずるものではない。労働者は、当然使用者も侵してはならないプライバシーの権利を有する。使用者の採否の自由の保護が、労働者のプライバシーの権利に一方的に優越するものとはいえない。

ところで、職業として最も公共性が高い公務員については、『禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者』及び『懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から二年を経過しない者』を欠格事由と定めている(国家公務員法三八条参照)。右欠格条項に該当する者は、採用ないし試験の際、右該当事実を申告する義務があり、その義務に違反すれば、経歴詐称になる。しかし、禁錮以上の刑に処せられた者あるいは懲戒免職処分を受けた者でも、右法定の期間を経過した場合には、その申告をしなくとも懲戒事由となる経歴詐称にはならない。

最も公共性の強い公務員の場合でもこうであるとすれば、被控訴人会社が旅客自動車運送という公共的要素の強い事業を営んでいるとしても、公務員より厳しい基準によって『重要な経歴資格を偽った』との判定を下すことは許されない。控訴人の場合は、東急電鉄を懲戒解雇されたのが昭和四二年三月一一日、東日本観光バスを懲戒解雇されたのが昭和四六年五月二九日であるところ、被控訴人会社に採用されたのは昭和四九年四月二五日であるから、公務員の場合であっても、懲戒事由に当たる経歴詐称とはいえないのである。まして控訴人の場合、いずれの処分についても懲戒事由につき争いがあり、結局和解で終っているのであるから、これを『重要な経歴を偽った』ものとした本件処分は、控訴人の生存権ないしプライバシーを侵害する違法、無効なものである。」

9  同七枚目表四行目の冒頭に、「(5)」を加える。

10  同八枚目表九行目の次に行を改めて、以下のとおり付加する。

「なお、本件譴責処分は、就業規則上の懲戒処分として行われたものであり、また、思想信条の自由の侵害にも繋がる始末書の提出も求められているのであるから、このような処分の無効確認を求める利益があり、本件訴えは適法である。

なおまた、控訴人は、平成二年一月二八日をもって被控訴人会社を定年退職しているが、本件譴責処分は以下のように依然控訴人に不利益を与えているから、右確認の訴えの適法性は現在もなお失われていない。すなわち、控訴人は、なお健康で十分稼働できるのみならず、生計維持のため、他に職を得て働く場を求める必要がある。その際には、履歴書の経歴欄に被控訴人会社に勤務した事実を記載しなければならない。この記載をみて応募先の会社から被控訴人会社に対し照会等調査が行われることが十分考えられるところ、被控訴人会社がこれに対し、控訴人が本件譴責処分を受けたことを回答することは確実である。また、履歴書の賞罰欄に本件譴責処分を受けたことを記載する必要があるとすると、そのことからも本件譴責処分歴が明らかになってしまう。そして、控訴人が懲戒処分である譴責処分を受けていることが明らかになると、控訴人が採用されないおそれがある。かといって、控訴人が最終勤務先として被控訴人会社に勤めていたことや賞罰として譴責処分を受けたことを秘して採用されると、経歴詐称を理由に新たに懲戒処分を受けるおそれが出てくる。このように、譴責処分は、定年で退職した後にも影響を与えるおそれがあり、控訴人の老後の生活保障さえ危うくしかねない。その不利益性が大きいことは明らかである。

以上のように、本件譴責処分は、控訴人に重大な不利益を及ぼすものであるから、本件譴責処分の無効確認を求める利益があり、本件訴えは適法である。」

11  同一一枚目表八行目の次に行を改めて、以下のとおり付加する。

「就業規則は、厳格な罪刑法定主義の制約を受ける刑罰法規とは次元を異にするものであって、就業規則は、弾力的に、かつ具体的に妥当な結論を求めて運用しなければならない。」

12  同一一枚目表九行目の冒頭に、「この趣旨の下に、」を付加する。

13  同一一枚目裏六行目の次に行を改めて、以下のとおり付加する。

「また、本件譴責処分が有効か否かは、形式論理にとらわれることなく、条理をもって解釈し判断すべきである。本件経歴詐称は、懲戒に付すべき実質的理由が明らかな案件であるところ、賞罰審査委員会において、組合側委員は不処分を主張した。しかし、組合側委員の不見識によって処分の合意が得られないとすると、就業規則の懲戒の規定が空文となり、企業秩序の維持が困難となる。そこで、会社側委員は、賞罰審査委員会において、枠外である譴責処分相当の提案をし、漸く合意を得られたという経過をたどったものであって、条理に従って解釈するときは、本件譴責処分の決定は正当である。」

14  同一四枚目表五行目の次に行を改めて、以下のとおり付加する。

「また、就業規則違反の行為に対する懲戒処分とは全く次元と性質を異にする刑事法の時効制度や、各種の法律関係について特別に規定を設けている民事法の時効制度を直ちに懲戒処分に類推適用することは許されない。

三  《証拠関係省略》

理由

一  本件譴責処分の存在

被控訴人会社が控訴人を、昭和六一年八月七日付けで、就業規則五三条四号の「重要な経歴資格を偽ったとき」に該当するとして、譴責処分に付したことは当事者間に争いがない。

二  譴責処分の無効確認の訴えの適法性について

確認の訴えは、判決をもって法律関係の存否を確定することが、法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に限って認められるものであるから、通常は、紛争の直接の対象である現在の法律関係について個別にその確認を求めるのが適当であるとともに、それをもって足り、その前提となる法律関係、特に過去に遡って法律関係の存否の確認を求めることは、現在の権利又は法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえってこれらの権利又は法律関係の基本となる過去の法律関係を確定することが、現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的解決のため最も適切かつ必要と認められるような場合に、例外的に許容されるというべきである(最高一小昭四七・一一・九判、民集二六巻九号一五一三頁等参照)。

本件譴責処分の無効確認の訴えは、現在の法律関係の確認ではなく、過去の事実ないし法律関係の確認を求める訴えであると解されるところ、本件譴責処分について、このような例外的事情が認められる否かを検討するに、《証拠省略》によると、被控訴人会社の就業規則においては、譴責処分は、始末書を取り、将来を戒めるものとされている(就業規則五一条)が、これ以外に特段の法的効果(例えば昇給延伸といった効果)を生ずることについては主張もなく、また、これを認めるに足る証拠もない。

右譴責処分の内容のうち、将来を戒めるというのは単なる事実行為にすぎず、法的効果としては、せいぜい始末書の提出義務が考えられるにすぎないが、控訴人が現在被控訴人会社を定年退職していることは控訴人の自認するところであるから、右義務が現在もはや存在しないことは明らかである。また、違法無効な本件譴責処分によって被処分者の名誉が傷付けられたとしても、それは、譴責処分から生ずる法的効果ではないから、その救済は、過去の法律関係の無効確認の訴えではなく、端的に不法行為に基づく損害賠償請求等の訴えの方法によれば足りる。なお、また、控訴人は、定年退職後他に職を得て働く必要があるところ、譴責処分という前歴が再就職の妨げになることを理由に確認の利益ありと主張するが、控訴人の主張するところは、結局譴責処分がされたことから生ずる事実上の影響をいうにすぎず、これをもって譴責処分の無効という過去の法律関係確認の訴えの利益を基礎付けるものということはできない。

したがって、控訴人の請求中譴責処分の無効確認を求める部分は確認の利益を欠き、不適法として却下を免れない。

三  譴責処分の違法性

1  使用者がその雇用する従業員に科する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能にするための一種の制裁罰であり、従業員は、雇用されることによって、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負うに至ることは当然のことであると解される(最高一小昭四九・二・二八判、民集二八巻一号六六頁等参照)が、懲戒処分は、労働者に一方的に不利益を与えるものであるから、就業規則の懲戒規定の適用に当たっては、これを厳格に解釈し、みだりに拡張して解釈することは許されない。

2  控訴人は、本件が仮に前記就業規則五三条四号にいう「重要な経歴資格を偽ったとき」に該当するとしても、これを理由に譴責処分に付することは許されないと主張するので、まずこの点を検討する。

《証拠省略》によれば、被控訴人会社の就業規則においては、従業員の懲戒につき別紙のとおり定めていることが認められる。これによれば、従業員は、この就業規則の規定によるのでなければ、懲戒を受けることはなく(五〇条)、懲戒は、譴責、減給、格下げ、昇給停止、出勤停止及び懲戒解雇の六種とされ(五一条一項)、正当な理由のない単なる無断欠勤、勤務に関する手続その他届出の懈怠等比較的軽微な秩序違反に対しては減給(情状により譴責又は昇給停止に止める。)をもってし(五二条)、正当な理由のない引き続き三〇日以上の欠勤、他人に対する暴行脅迫又は業務妨害等比較的重大な秩序違反に対しては懲戒解雇(情状により出勤停止又は減給若しくは格下げに止める。)をもってするもの(五三条)とされており、本件で懲戒処分の根拠とされた「重要な経歴資格を偽ったとき」(五三条四号)についても、原則として懲戒解雇を予定し、情状により、出勤停止又は減給若しくは格下げに止めることができる旨を規定していることが明らかである。このような懲戒に関する規定からみると、五三条は、懲戒解雇にふさわしい態様の非行を対象とした規定であり、懲戒の内容もそれに応じ、仮に情状酌量しても、出勤停止又は減給若しくは格下げに止めるものとして定められているのであり、更にそれを減じて譴責処分に付することは予定されていないものと解される。この点は、五二条一号が単に「正当な理由なしに無断欠勤したとき」を懲戒事由として、減給(情状により譴責又は昇給停止)処分に付すべきものとしているのに対し、五三条一号が、同じ無断欠勤であっても「引続き一四日以上に及んだとき」を懲戒事由として、懲戒解雇(情状により出勤停止又は減給若しくは格下げ)処分に付すべきものとしていること、あるいは五三条一一号において、「前条各号の一に該当し情状特に重いとき」を別個な懲戒事由として懲戒解雇処分等に付すべきものとしていること等からも窺うことができる。別言すれば、五三条においては、形式的には同条の懲戒事由に該当したとしても、その非行の態様・情状等に照らし譴責より重い懲戒処分に付したのでは処分として重すぎると判断されるような特別な事情が存する場合には、これを懲戒の対象外に置いているものと解さなければならない。そのことは、その実質からも言うことができる。そもそも、重要な経歴の詐称は、企業の労働力評価を誤らせ、企業をして本来採用すべきでなかった者を採用するに到らしめ、その結果企業秩序を混乱させるという点に着目して懲戒の対象とするものであるから、このような経歴詐称を犯した者に対しては、本来これを企業外に放逐すること、すなわち懲戒解雇を原則としたものと解されるのであって、事情によりその処分を減じるとしても、五二条列挙のものと同様に取り扱うことは就業規則の懲戒規定全体の趣旨に反するものと解されるからである。したがって、本件のように、就業規則五三条の経歴詐称に該当することを理由に譴責処分に付することは、就業規則に違反し、無効といわなければならない。

3  なお、被控訴人は、本件は、経歴詐称という懲戒事由に対し、就業規則五三条で定める最も軽い懲戒処分たる減給よりも更に軽い譴責処分に付し控訴人に有利な取扱をしたのであるから、たとえ就業規則の規定に形式的に違反しても、違法無効の問題は生じないし、あるいは、本件の経歴詐称は、懲戒に付すべき実質的理由が明らかな案件であるところ、賞罰審査委員会において、組合側委員が不処分を主張したため、処分の合意を得るために、会社側委員が、賞罰審査委員会において、やむを得ず譴責処分相当の提案をし、漸く合意を得られたという経過をたどったものであって、このような経緯に鑑みると、本件譴責処分の決定は正当であると主張する。

しかしながら、本件においては、前記のように、就業規則の文理上からは五三条を根拠に譴責処分に付することができないことが明らかな事案であり、しかも、五三条は、譴責程度の処分がふさわしい非行についてはこれを懲戒の対象としていない趣旨と解されるのであるから、譴責処分が五三条に規定する懲戒処分より軽い処分であるからといって、譴責処分がふさわしいと判断された非行に対しなお規定のない懲戒処分をもって処することは、控訴人にとって有利な取扱であるとは断じえない。

また、五一条によれば、「反則軽微なるか又は改悛の情顕著なるときは、訓戒に止めることがある。」とされており、懲戒事由に該当する事実があっても、その後の事情によりいずれも懲戒規定によるも懲戒処分に付することが相当でないと思料されるときは、訓戒によって今後を戒める途が予定されているのであるから、その途を選べばよいのであって、その途を選ばず、敢えて規定を曲げて軽い懲戒処分を選ぶことは、懲戒規定の文理に反するばかりでなく、懲戒規定全体の趣旨にももとるものといわなければならない。

4  したがって、被控訴人の主張はいずれも採用することができない。

そうすると、その余の点を判断するまでもなく、本件譴責処分は就業規則の規定に違反し無効というべきである。

四  処分の無効と損害賠償

次に、右のように譴責処分が就業規則の規定に違反し無効である場合、これによって生ずる損害賠償責任について検討する。

1  被控訴人会社が、昭和六一年九月二〇日発行の「立川バス社報」の賞罰欄に本件譴責処分を掲載し、かつ、右社報を本社及び各営業所に配付して従業員に周知を図ったことは当事者間に争いがない。

また、本件譴責処分に至る経緯については、当裁判所も原判決理由二のとおりであると認めるので、これを引用する。

2  《証拠省略》によれば、控訴人は、譴責処分を受け、かつ、社報に右事実を掲載され、相当な精神的苦痛を受けたことが認められる。したがって、控訴人を違法な譴責処分に付し、かつ、これを社報に掲載した被控訴人は、これによって控訴人の被った右損害を賠償する責任を負うというべきである。もっとも、前記のように、控訴人の受けた譴責処分は懲戒処分のうちで最も軽微なものであって、将来を戒めるとともに始末書を提出することをその内容とするものであるが、先に引用した原判決認定のように、控訴人はこの始末書の提出をしないまま今日に至っていること、控訴人には過去に東急電鉄や東日本観光バスに在籍していたがそこを解雇された(最終的にはいずれも和解になった。)という重要な職歴を秘匿していたという事実が存在し、これが本件処分の原因となったものであること等の諸事情も併せ考えれば、右精神的苦痛に対する慰謝料の金額は、金一〇万円をもって相当と認める。

3  なお、控訴人は、被控訴人会社が、昭和五八年八月九日以降三年間に渡り賞罰審査委員会において、控訴人を懲戒処分就中懲戒解雇に付することを要求し続けたことによって、精神的苦痛を被ったとして、これに対する慰謝料をも請求する。

しかし、前記のように、控訴人には過去における重要な職歴を秘匿していた事実が存在するのであるから、被控訴人会社において賞罰審査委員会に控訴人の懲戒の案件を付したこと自体が違法とまでは評価できないし、先に引用した原判決認定事実によれば、賞罰審査委員会において審理が長引いたのは、会社側委員と組合側委員との間で意見が対立し平行線をたどったためであるから、審理が長引いたことをもって直ちに被控訴人に違法があると評価することもできない。そうすると、この点の違法をとらえて、被控訴人に対し損害賠償を請求する部分は理由がない。

五  以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、譴責処分の無効確認を求める部分は不適法としてこれを却下すべきであり、金員請求の部分については、金一〇万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和六一年一一月二三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容すべきである。したがって、これと異なる原判決を前記のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 近藤壽邦)

<以下省略>

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